2009.11.03
学習発表会が・・・
私が義務教育時代は学芸会という名称だったのですが。
学習発表会が学年別で平日の授業参観扱いになりました。
全国的には10月の小学校の行事は運動会だと思います。
私の住んでいる北海道の中央付近では
運動会は春に、秋にはこの学習発表会というパターンです。
10月は新型インフルエンザによる 学級閉鎖・学校閉鎖で
のべ3週間。。学校の児童が揃わないという事態。
先生達も頑張っていたのでしょうが・・
やはり授業を削るのもきついのでしょう。
特にうちのこの学年は6年生で
この行事の『トリ』を勤めるべく頑張ってましたが
ザンネン・・・。
小学校時代はこの行事で
『6年生は偉大だ〜♪』って思ったものね。
息子達だって 『6年生は偉大だ〜♪』って
思われたかっただろうね。
そんな秋です。
ちなみにうちの子らは まだです。
新型インフルエンザ・・。
うがい・手洗い頑張りましょう。
ちなみにインフルのウイルスは
乾燥した空気が大好きです。
室内の湿度に気を配るといいです。
うがいは喉を湿らせる効果もあるのでグーだといわれてます。
マスクして外出・なおかつうがい・手洗い。
これで今のところ守られています。
なってしまえば 大人しく病院に行くつもり。
学習発表会が学年別で平日の授業参観扱いになりました。
全国的には10月の小学校の行事は運動会だと思います。
私の住んでいる北海道の中央付近では
運動会は春に、秋にはこの学習発表会というパターンです。
10月は新型インフルエンザによる 学級閉鎖・学校閉鎖で
のべ3週間。。学校の児童が揃わないという事態。
先生達も頑張っていたのでしょうが・・
やはり授業を削るのもきついのでしょう。
特にうちのこの学年は6年生で
この行事の『トリ』を勤めるべく頑張ってましたが
ザンネン・・・。
小学校時代はこの行事で
『6年生は偉大だ〜♪』って思ったものね。
息子達だって 『6年生は偉大だ〜♪』って
思われたかっただろうね。
そんな秋です。
ちなみにうちの子らは まだです。
新型インフルエンザ・・。
うがい・手洗い頑張りましょう。
ちなみにインフルのウイルスは
乾燥した空気が大好きです。
室内の湿度に気を配るといいです。
うがいは喉を湿らせる効果もあるのでグーだといわれてます。
マスクして外出・なおかつうがい・手洗い。
これで今のところ守られています。
なってしまえば 大人しく病院に行くつもり。
2009.10.25
当たり前に思っているが 当たり前ではないこと。
幼稚園の頃、初めてお弁当を持たされ通っていた。
当たり前のように毎日食べていたな。
私の母の作るお弁当は お友達のに比べてなんだかセンスないかも〜と、
子供心に思っていたような。f(^-^;)
ところが自分が母の立場になったとき、
毎日毎日、冷凍食品やお弁当グッズもなく、
炊飯器にもタイマーが付いていたかどうかのあの時代に
母は 作ってくれてたんだと 初めて感謝した。
高校時代だってそう。
『お弁当のおかず手抜きだなー。』とか
『小遣い値上げしてくれよー。服も買えない。』なんて
ブーブー感じていたけど、
今、自分が高校生の子を持ったら、
義務教育でなくなるとこんなに出費があるんだーと
心の中で静かな悲鳴(汗。。
親はいつも頑張ってるんだー。
その後も私は進学したり、
嫁に行ったり、
自分の子を授かったり・・
そのたびに親は協力してくれてきたけど
きちんと感謝出来ていたかなー。
しかし、自分が親になって分かるのは
子どもが幸せになればいいという思いだけで必死、
できる限りのことをしようと一生懸命・・・だが、
子どもに感謝されようなんて微塵も思ってないのだ。
滑走路のアスファルトと同じ気持ちだ。
(アスファルトに気持ちがあればだが。
わが子を 人生のフライトに離陸させるべく頑張ってる。
そんな感じに
当たり前だと思ってたこと・物が
相手にとっては精一杯の贈り物(ギフト)だということがある。
完璧でなくても、不恰好でも・・・。
感謝なのだ。
\(^o^)/
当たり前のように毎日食べていたな。
私の母の作るお弁当は お友達のに比べてなんだかセンスないかも〜と、
子供心に思っていたような。f(^-^;)
ところが自分が母の立場になったとき、
毎日毎日、冷凍食品やお弁当グッズもなく、
炊飯器にもタイマーが付いていたかどうかのあの時代に
母は 作ってくれてたんだと 初めて感謝した。
高校時代だってそう。
『お弁当のおかず手抜きだなー。』とか
『小遣い値上げしてくれよー。服も買えない。』なんて
ブーブー感じていたけど、
今、自分が高校生の子を持ったら、
義務教育でなくなるとこんなに出費があるんだーと
心の中で静かな悲鳴(汗。。
親はいつも頑張ってるんだー。
その後も私は進学したり、
嫁に行ったり、
自分の子を授かったり・・
そのたびに親は協力してくれてきたけど
きちんと感謝出来ていたかなー。
しかし、自分が親になって分かるのは
子どもが幸せになればいいという思いだけで必死、
できる限りのことをしようと一生懸命・・・だが、
子どもに感謝されようなんて微塵も思ってないのだ。
滑走路のアスファルトと同じ気持ちだ。
(アスファルトに気持ちがあればだが。
わが子を 人生のフライトに離陸させるべく頑張ってる。
そんな感じに
当たり前だと思ってたこと・物が
相手にとっては精一杯の贈り物(ギフト)だということがある。
完璧でなくても、不恰好でも・・・。
感謝なのだ。
\(^o^)/
2009.10.08
最近知った、いい言葉。
「95歳の老人の詩」
「もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっと寛ぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんなに完璧な人間ではなく、
もっと、もっと、愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど
殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、
行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、
お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、
頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、
春はもっと早くから裸足になり、
秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、
もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、
もっとたくさんの夕日を見て、
もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制をひき、他人の目を気にして、
起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、
構えたり、
落ち込んだり ・・・・
もっとリラックスしよう、
もっとシンプルに生きよう、
たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、
人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある 。」
-現代経営学の父ピーター・ドラッカー氏享年95歳-
感想!
男性は 歳をとっても少年だねぇ。と思わせます。
書いてるとき、作者のピーターさんが 目尻を下げている様子が目に浮かびます。
女性も、こうなんだろうか。
それにしても、95歳でこういう思考でいられるなら
それも素敵な歳のとり方です。
人生の先輩のお一人からのメッセージ♪
心の中の やわらかいところが コチョコチョされてません?
「もう一度人生をやり直せるなら・・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっと寛ぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんなに完璧な人間ではなく、
もっと、もっと、愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど
殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、
行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、
お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、
頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、
春はもっと早くから裸足になり、
秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさん冒険をし、
もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、
もっとたくさんの夕日を見て、
もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・
だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制をひき、他人の目を気にして、
起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、
構えたり、
落ち込んだり ・・・・
もっとリラックスしよう、
もっとシンプルに生きよう、
たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、
人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある 。」
-現代経営学の父ピーター・ドラッカー氏享年95歳-
感想!
男性は 歳をとっても少年だねぇ。と思わせます。
書いてるとき、作者のピーターさんが 目尻を下げている様子が目に浮かびます。
女性も、こうなんだろうか。
それにしても、95歳でこういう思考でいられるなら
それも素敵な歳のとり方です。
人生の先輩のお一人からのメッセージ♪
心の中の やわらかいところが コチョコチョされてません?
2009.09.26
いとしのマリー
やっと書けそうな気分になりました。
連休中、なんだかマリーに会っておきたくなって実家に行ってきました。
マリーは7月に会ったときより、さらに老いていました。
人でいえば 寝たきりなんだろうな。
食べ物は母が口もとに運んでやってました。
トイレも母が介助していました。
そそうすると 申し訳無さそうにシュンとしてました。
だっこすると、気持ち良さそうにひざに寝転がっていました。
喉が渇くと クンクンとないて水を欲しがりました。
やたら 水を欲しがるなーとその日は思ってました。
その夜の未明、マリーは旅立ちました。
母がマリーの泣き声とも付かぬ声を聞いて、
名前を呼ぶとクーン・・と声を出し、意識が無くなったそうです。
母がマリーを呼ぶ声に たまたま実家にいた私も呼ばれ
妹と3人で見送りました。心臓の鼓動がなくなるまで。
心・・というか、魂というか
そういう交流に 人と動物の隔たりって ないですね。
マリーと交流して 家族がマリーに与えたこともあったでしょうが、
私たちがマリーに与えてもらったことの方が大きい気がするんです。
マリーはフワフワの白い犬だったから、
毎日 空の どれかの雲がマリーに見えます。
老いぼれの身体から開放されたマリーが
そらを駆け巡ってるんだと思います。
また会おうね!マリー。
12歳くらいの頃のマリー
連休中、なんだかマリーに会っておきたくなって実家に行ってきました。
マリーは7月に会ったときより、さらに老いていました。
人でいえば 寝たきりなんだろうな。
食べ物は母が口もとに運んでやってました。
トイレも母が介助していました。
そそうすると 申し訳無さそうにシュンとしてました。
だっこすると、気持ち良さそうにひざに寝転がっていました。
喉が渇くと クンクンとないて水を欲しがりました。
やたら 水を欲しがるなーとその日は思ってました。
その夜の未明、マリーは旅立ちました。
母がマリーの泣き声とも付かぬ声を聞いて、
名前を呼ぶとクーン・・と声を出し、意識が無くなったそうです。
母がマリーを呼ぶ声に たまたま実家にいた私も呼ばれ
妹と3人で見送りました。心臓の鼓動がなくなるまで。
心・・というか、魂というか
そういう交流に 人と動物の隔たりって ないですね。
マリーと交流して 家族がマリーに与えたこともあったでしょうが、
私たちがマリーに与えてもらったことの方が大きい気がするんです。
マリーはフワフワの白い犬だったから、
毎日 空の どれかの雲がマリーに見えます。
老いぼれの身体から開放されたマリーが
そらを駆け巡ってるんだと思います。
また会おうね!マリー。
12歳くらいの頃のマリー
2009.09.12
AED
突然ですが、年1回の救急法トレーニングを受けました。
これは繰り返し職場で研修があるので、年に1回は講習を受けるようにしています。
AEDは 『自動体外式除細動器』のこと。
ホテルや公共施設、駅・空港・学校など人の集まる場所に
設置されている赤やオレンジ色のボックスです。
設置数も増えてきています。たのもしや。
いやー。AEDを開発した人はすごいと思います。天才!
素晴らしい設備です。講習を受ければ使い方もわかるでしょう。
消防署や役所関係で 『救急蘇生法』などという名称で
一般の人にも講習が組まれてると思うので、
どうぞ機会を見つけて受けることをおすすめします!
何故って?
いやー、やってみてくださいよー。受けてみてください、講習を。
楽しいですよ。って言うと、不謹慎とお叱りを受けそうですが。
講師の方が言います。
もし、人が倒れているのを発見したら・・?どうしたら良いと思いますか?
そこから、話が始まります。
ここで長々文章にするのもいいかもですが
文章を読んで分かった気になるのも危険だと思うので割愛します。
素敵な文章や映像から 『命』って・・?って思想するより、よりリアルに、『命』が分かる。
『生きてる』ってこういうことダ って改めて気がつく点でいいことがたくさんあると思います。
割愛するといいながら、人が倒れていて『助けなきゃ』って時に
早期にしなくてはいけないことが 人を集めるということなのですが、
助けてください!と誰かが叫んだとき 自分も何か力を貸せるなら
どんなにいいことでしょう。
AEDを設置している場所のスタッフはその講習を受けることになってます。
設置してある場所の人は 『何かあれば助けますよ。』という気持ちがあるということ。
そう思いながら街を歩き、ふと赤やオレンジ色のボックスを見つけると、安心。
自分の役に立つ、人の役に立つ。
そんなツールが自分に増えれば、きっと素敵。
しかもさー、なんかカッコいいじゃん?
これは繰り返し職場で研修があるので、年に1回は講習を受けるようにしています。
AEDは 『自動体外式除細動器』のこと。
ホテルや公共施設、駅・空港・学校など人の集まる場所に
設置されている赤やオレンジ色のボックスです。
設置数も増えてきています。たのもしや。
いやー。AEDを開発した人はすごいと思います。天才!
素晴らしい設備です。講習を受ければ使い方もわかるでしょう。
消防署や役所関係で 『救急蘇生法』などという名称で
一般の人にも講習が組まれてると思うので、
どうぞ機会を見つけて受けることをおすすめします!
何故って?
いやー、やってみてくださいよー。受けてみてください、講習を。
楽しいですよ。って言うと、不謹慎とお叱りを受けそうですが。
講師の方が言います。
もし、人が倒れているのを発見したら・・?どうしたら良いと思いますか?
そこから、話が始まります。
ここで長々文章にするのもいいかもですが
文章を読んで分かった気になるのも危険だと思うので割愛します。
素敵な文章や映像から 『命』って・・?って思想するより、よりリアルに、『命』が分かる。
『生きてる』ってこういうことダ って改めて気がつく点でいいことがたくさんあると思います。
割愛するといいながら、人が倒れていて『助けなきゃ』って時に
早期にしなくてはいけないことが 人を集めるということなのですが、
助けてください!と誰かが叫んだとき 自分も何か力を貸せるなら
どんなにいいことでしょう。
AEDを設置している場所のスタッフはその講習を受けることになってます。
設置してある場所の人は 『何かあれば助けますよ。』という気持ちがあるということ。
そう思いながら街を歩き、ふと赤やオレンジ色のボックスを見つけると、安心。
自分の役に立つ、人の役に立つ。
そんなツールが自分に増えれば、きっと素敵。
しかもさー、なんかカッコいいじゃん?
