気まぐれに更新。 日々の思い、出来事などを書いています。

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夜回り先生こと 水谷修先生の本はとても有名だ。
彼のどの本にも載っている言葉  『いいんだよ。』
これも、素晴らしい魔法を持っていることを自分で経験した。

ほんのちょっとした出来事でね。

昨日の夕方、庭の芝がボウボウになっていて午前中芝刈りを始めたが
他の家事もあるし、気温も上がってきたので中断して夕方続きをするつもりだった。
夕方は夕方で何か忙しく、夕食の準備をすべき時間になってしまい、
息子に芝刈りを頼んだ。
息子は懸命に芝刈りをするが、途中でつかれてしまい、また中断。
夕食の支度を終えると 子ども達に先に食べるように言い、
残りの芝刈りを私が引き受け 片付けた。

夕食を食べ終え、食器を洗っていると、
5月にわたしの身長を越えた息子が 小さくなって 

『お母さん、さっきはごめん。疲れちゃって途中で終わらせた。』

『いいんだよ。』

息子は(´▽`) ホッ とした顔をした。

びっくりだ。
『いいんだよ。』と自分が言うことで 相手が癒され、それ以上に自分が癒されるのだ。

それとね、子どもが何かを中途半端で投げ出し私がやることになる・・ってのは
日常茶飯事で いまや私の中では『当たり前のコンコンキチ』だったのだが、
それを息子がなにやら反省し、わびる・・っていうこと、
これが初めてのような気がするんだぁ! 

あ・・・息子、レベルアップ!!
(ドラクエとかなら、ここでファンファーレが鳴るじゃんか~

瞬時にそう思えたから、
自分のなにかが息子に通じた嬉しさの 『いいんだよ。』と、
息子がちゃんと育っていて、君は君で素敵な君だよという思いの『いいんだよ。』が
コーヒーとミルクがブレンドしてカフェオレになるようなマイルドな気持ちで
息子に 『いいんだよ。』って言えた気がするんだぁ。
相手を責めようという気持ちはなかった。

嬉しい、嬉しい、そればかり。

水谷先生の本は何冊か読んだが
心の広い、行動派の懸命な先生なんだなと思うが
『いいんだよ。』というときの気持ちには思い至らなかった。

水谷先生は 夜回りしながら 夜の街にいる若者と対話し、
自分がいかに汚れているかを先生に向かって告白する若者に対して
『いいんだよ。』と答える人。

『いいんだよ。』というとき、
水谷先生も、相手となんか通じ合った喜びと、
相手の言葉を聞いて その瞬間から
相手が光に向かって歩き出すのだなと見て取った喜びが 
心の中で 花開くんだろうな。

そして、相手に向かって言った『いいんだよ。』が同時に
自分への『いいんだよ。それで。ね?自分?』になるんだぁ。

また新たに、生活の中の見逃してしまいそうな小さな出来事の中に
神様や天使達は 宝石のような素敵な感動を仕込んでおいてくれてることに気がつく。

そして、一番先に気がついて喜び始めるのは潜在意識の方で、
『ん? 私 なんで今 めっちゃ嬉しいわけ?』と立ち止まれると、
仕込まれた小さな宝石(感動)を発見できる。

何気ない日々に 感謝する瞬間だ。
2009.08.02 / Top↑
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